/Miyagi Prefecture/史跡

山元町震災遺構 中浜小学校

日本, 〒989-2111 宮城県亘理郡山元町坂元久根22

山元町震災遺構 中浜小学校
史跡
4.4
498 レビュー
8 コメント
方向の指示
WW89+J5 山元町, 日本、宮城県
+81 223-23-1171
town.yamamoto.miyagi.jp
場所の報告
この場所を要求する
Share
レビューを書く
Be-shamon.COFFEE珈琲ロースター
Be-shamon.COFFEE珈琲ロースター2 年前
相馬から角田方面へ進もうとおもいR6を北上していたら、目の前に「やまもと夢いちご郷」を発見し右折、中浜小学校(震災)の見学が出来る事をみつけ予定を変更し見学、閉館(16:30分)まで約40分、外観だけで帰ろうかなと思いましたが、せっかくだからと思い入館料400円を支払い入館・見学!福島県浪江にある東日本大震災伝承館は一昨年見学に行き、様々な思いを感じました。この山元町中浜小学校では90人余りの小学生・教員・地元住民の方が、当時の校長先生等の判断により全員の命が救われた事を聞いて、既に10年以上の時間が経過したと言えども感動を覚えました。状況判断・決断、事実の伝え方・残し方、14~5分くらいの動画を拝見し原発を抱える福島(伝承館)とは角度の違う情報(真実)の残し方・伝え方がとても共感を感じました、来て(予定ではなく看板をみて)良かったと感じました。とかく東日本大震災は福島での原発事故が、今現在も取り上げられていますが、自然災害における被害者(津波で亡くなった方)は圧倒的に宮城県の方が沢山被害に合われた事を忘れてはいけないのだと痛感しました。自然災害における防御は壁を高くしたとか、底上げをしたとか、沿岸地域から離れた等では、これから起こるかもしれない天災を予知し防ぎきる事は出来ないだろうと感じます。だけども今回のような中浜小学校の先生方ような綱渡り的な判断かもしれないが、信念をしっかりもった判断・決断力が沢山の方の命を救う事が出来るのだろうと強く感じます。津波や地震は自然災害における天災です。防ぐのではなく、予知して行くか、どのように対応するかなのだろうと思います。地球全体の気温が高めとなり海面が上昇しているなか、同様の地震が起きた場合に満潮時と重なればとんでもない津波が襲う事は今現在でも予測出来る事です。この事を防ぐ為には「カーボンニュートラル」を実現する事に尽きる事なのかもしれない。最後に天災と人災は全く違うという事。福島の原発事故は完全なる人災であるという事です。
おーさん
おーさん2 年前
初めての訪問。
奇跡が重なりあっての無事に助け出されたと言う話を聞いて、良かったと思いつつ運もあるのかなと複雑な思いに。
亡くなってしまった所には何度か行かせて貰いましたが、やはりこういった場所にも行くべきだと思いました‼️
自分のこれからの教訓にもなるし、また違った感情になり本当にこう言った活動は素晴らしいと思います✨
ボランティアの人達が説明とかしてくれるのでわかりやすいです。
15分ぐらいの映像も見れるので是非行ってほしい場所です。
HIRO's
HIRO's2 年前
先ずは 被災された方、 お亡くなりになられた方に 哀悼の意をささげます。

校舎を見た最初の印象は、 改めて 津波の 恐ろしさ、 破壊力に 驚かせられます。
この校舎にいた 生徒、教員、避難して来られた方々、 全てが 助かったと聞いて、 安心して 涙が 込み上げてきました。
先生方の 判断、指導、 行動が 生死を分ける 難しい判断だった事に もし 自分だったら...。と 恐怖を感じました。
当時の体験を 映像で上映、 その後 各 避難場所に移動し、ガイド、 説明して頂いて とても 分かりやすく解説していただけます。
最近では 慣れてきて 意識が 薄れて来ておりますが、 ぜひ 自分の目で 観て頂いて、 地震、津波の恐ろしさを 再認識して頂き 認識、判断、行動が いかに大切か、 考えて頂きたいと思いました。
Lonely Rider
Lonely Rider2 年前
宮城県南部に残る、唯一の被災建築物とのこと。
避難した全員を守ってくれた貴重な震災遺構です。
今回は外側からだけの見学でしたが、津波の高さには圧倒されました。
悲惨な状況ではありますが、ここから犠牲者が出なかったことは、唯一の救いかと。

ちなみに・・・
建物内部の見学は有料です。
トイレは管理棟にあります。
熊谷孝一(こうちゃん)
熊谷孝一(こうちゃん)2 年前
山の日の祝日、ひまわり祭りの帰り偶然にも、東日本大震災の月命日にあたる日に、うかがいました。
語りべの方の案内であの東日本大震災の津波から90人の命を守り抜いた小学校を見て体感し、災害に対する備え、意識の大切さを伝承する震災遺構です。
元教職員方々が、語りべをしていました。たまたま、当時の教え子さんがみえ、懐かしく話をしているのが、印象的でした。
また、震災前のジオラマがあり、自分が元住んでいた場所を、孫に説明している、おばあさんの姿も忘れられません。
石巻の門脇小学校と対比して、いろいろ考えさせられました。
友和
友和2 年前
言い方は間違っているかもしれないが、避難者が全員助かったというモデルケースのような場所なので気負わず見学が出来ました。

小学校は設立時に地域住民の意向で土地が2m嵩上げされそうで津波到達点を見ると、嵩上げされていなかったら全て津波に飲まれていたと思われる。

震災直後も電気は来ていたようで津波到達直前まで状況が確認出来ていたこと、嵩上げしていることが分かっていたから垂直避難の決断が出来たこと、大きい津波が引き潮とぶつかり威力が弱まったこと。

奇跡と一言で表すのでなく先人の知恵、状況確認などが的確に出来ていたことが生死の分かれ目だったと思われます。

これは実際に行かないと分からない、立地条件などが把握出来ないと思うので行くことをお勧めします。
案内の方も親切なので質問は全て返してくれました。
Hidebo Wat
Hidebo Wat2 年前
国道を避けて県道38号を走っているとすぐ横を通るので思わず寄ってしまいました。事務所的なところと南側の駐車場はCLOSEしていたのですが、校舎の北側にクルマを止めるスペースがありました。
震災遺構の中には多くの犠牲者を出してしまった場所もありますが、こちらは逆に多くの命が助かったということで、気分的に多少は楽に見学できますが、当時の被害をそのままにしているのでインパクトはありますね。
国道からもさほど離れていないので、近くを通る予定がある方は寄り道してみる価値はあると思います。
カムカム。
カムカム。2 年前
ガイドさんの案内のもと見学しました。
入場料は掛かりますがそれ以上の事を知れました!避難者全員助かった小学校です。
今は海が綺麗に見えますが、震災までは民家や木があり見えなかったそうです。
後世にも残して欲しいと思いました。
推薦の場所