/Sakai/史跡

仁徳天皇皇后磐之媛の歌碑

日本, 〒590-0035 大阪府堺市堺区大仙町1−1

仁徳天皇皇后磐之媛の歌碑
史跡
3.5
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HF7M+XJ 堺市, 日本、大阪府
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Yoshikatsu Okuno
Yoshikatsu Okuno2 年前
仁徳天皇の皇后、磐之媛の万葉歌「かくばかり恋ひつゝあらずは 高山の磐根し枕(ま)きて 死なましものを」の歌碑が遊歩道沿いにひっそりとある。
まさにこれだけ一途に思われれば仁徳天皇も本望であろう。
しかし仁徳は八田皇女にも恋してしまう。
結果、磐之媛は宮中を飛び出し二度と帰って来なかった。
不思議なことに二人の女性の陵墓は佐紀盾列古墳群に並んで眠っている。
「ありつゝも君をば待たむ 打ち靡くわが黒髪に 霜の置くまでに」磐之媛の万葉歌が悲しい。
Sum.K
Sum.K2 年前
犬養孝さんが書かれた万葉仮名の碑。皇后のお墓は奈良にあって、仁徳天皇がお淋しいと思われるのではと、建てられた歌碑。お妃様からこんな愛の溢れるお歌を贈られて、5世紀の天皇も喜んでおられたのでは。
一BOU某
一BOU某2 年前
ヤキモチヤキの磐の姫の情熱あふれる万葉歌です。
竜也
竜也2 年前
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