/Saitama/仏教寺院

東福寺

日本, 〒336-0038 埼玉県さいたま市南区関1丁目10−11

東福寺
仏教寺院
3.3
16 レビュー
8 コメント
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VJ3P+35 さいたま市, 日本、埼玉県
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Kenta sakuma
Kenta sakuma2 年前
六地蔵や庚申塔のほか、市の指定有形文化財の木造がある模様。お寺自体が住居のようにもなっておるのか拝観は出来なかったため、木造も見ていない。
Teruyuki Miyazaki
Teruyuki Miyazaki2 年前
新義真言宗のお寺、神明山東福寺。
円乗院の末寺なので、智山派かもしれません。
お堂の近くは、車と洗濯物で占拠されており、近づけませんでした。
Kanegon grandpa
Kanegon grandpa2 年前
一度は廃寺になったけど檀家が再興したお寺さんで、何となく一般家庭のような本堂です。鎌倉時代の木造の仏像があるらしいが、拝観できません。
山田万歳
山田万歳2 年前
新義真言宗。江戸時代においては与野の圓乗院の末寺であったそうだ。号は,神明山 東福寺とされる。
墓所から正和四年銘の板石塔婆が発掘されたこと,中世日本の宝篋印塔があることなどから,鎌倉時代創建の可能性が指摘されている。また,廃仏毀釈により明治四年に廃寺となるも,檀家の尽力に依り昭和四十六年に再興されたという。
本尊は「木造如来形坐像」であり,これはさいたま市指定有形文化財となっている。

境内を観察する。

参道途中に宝篋印塔あり。明和三年十一月健之銘。
台座三側面に漢文を陰刻。これを読むに,「経曰 若人書寫経安置塔中者……(経曰く,もし人 経を書写し,塔中に安置せば……)」とある。また塔身の正面上部にお経を入れたであろう四角い穴が確認できる。
宝篋印塔は墓石として使われることがあるが,これは本来の意味での宝篋印塔だった様である。当時の人々は,宝篋印経の御利益が塔から村中に,まるでフィールド魔法の様に広がっていくイメージをしていたらしい。

その塔の左隣に不動明王坐像あり。基壇の「西」とある面には「引又 大山」とある。かつては志木方面と神奈川の大山方面に続く道があったのだろう。
他面には浦和と与野を示す文字があった。
台座に陽刻されているのは矜羯羅童子,滝,制多迦童子だろう。天保十五年三月健之銘。

本道は入母屋造の妻入り…というよりも住居の玄関先の様に見える。実際に人がすんでいる様だ。
RYOGA
RYOGA2 年前
仏像の説明しっかり書いていて
良かった
S- FUJI
S- FUJI2 年前
この庚申塔は申が2匹ですね⁉
オッペルと象
オッペルと象2 年前
本家ではありません。お墓だけです。
Hiroki tonose
Hiroki tonose2 年前
お寺❓民家❓
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